秋になると思い出す。
キンモクセイの甘い香りと共に思い出す。
育児と仕事に追われていた数年前の私は、一時期少しだけ夜遊びをしたことがあった。昔のようにたまには遊びたい。年齢的に焦りもあったのだろう。もう決して若くはない、でもまだ若さも残るそんな時期だった。
メイクをして、オシャレをして出かけると私もまだまだ捨てたものじゃないと気分が良かった。
その頃、よく顔を合わせていたある人がこんなことを言った。
「朝、温泉に行ったんだけど、外に出てみたら急に甘い香りがしてさ。怖くなっちゃったんだよね。」
甘い香りに怖くなる…
すでに恋の魔法にかかっていたのだろう。
その言葉は、ぎゅっと私の胸を締めつけた。
「…キンモクセイの香りじゃない?」
「キンモクセイか!なーんだ」
思いがけない恋に、私の頭の中は完全に彼のことでいっぱいになった。若い頃味わっていた感覚に、我を忘れて酔っていた。
軽躁状態だった。
追いかけてはいけないはずなのに、私は追いかけた。徐々に相手の顔色が雲ってゆくにも関わらず、それでも私は追いかけた。
ある日、追うことも夜遊びもパタリとやめた。
鬱に切り替わったのだ。
後になって風の噂で聞いたところによると、私が恋したあの人も精神疾患を抱えていたらしい。
それ故にお互いあのタイミングでほんの一瞬だけ、波長がかみ合ってしまったのだろうか。
秋になると思い知る。
キンモクセイの甘い香りと共に思い知る。
この病の危うさを。
私自身の危うさを。